懐かしい未来「日本人の塩」②

 先日、私の甥が興味深い本を紹介してくれた。料理研究家の白崎裕子さんの著書「必要最小限のレシピ」という本である。

その第1章は「塩だけでおいしくなります」だ。そこにはこんな一節がある。『塩だけの料理なんてすぐに飽きてしまいそう、と思うかもしれませんが、それは大間違い。というのも、「五味」とよばれる「甘未」「酸味」「苦味」「うま味」「塩味」のうち、前の4つは野菜や穀物、肉・魚介類など、素材自体にもともとあるのです。ないのは「塩味」だけ。だから素材の味わいをしっかり引き出して、あとは適切な塩を効かせれば、本来人間の舌は、ちゃんと「おいしい!」と感じるようにできているのです。』

 

 様々な調味料に囲まれている私たちの食生活は、裏を返せば、素材の持つ味わいを疎かにしている、とも言えそうだ。素材の味を組み合わせ、後は適量の塩を加えていた日本人の素朴な食文化。「塩梅」や「塩加減」という言葉が残っているのは、この事を裏付けているのだろう。

「敵に塩を送る」という言葉の由来は、今川・北条から塩を止められた武田信玄の窮状を、宿敵上杉謙信が塩を送ることで救った有名な話によるのだが、兵士1人が1か月に消費する塩の量は、約500グラムなのだというから、窮状を救ったというのは誇張ではない。十分な塩がなければ、兵士は頑張りが効かないわけだ。また、謙信の手紙には「争うところは弓箭に在りて、米塩に在らず」と記されており、塩が米に匹敵する生命の糧だということを、計らずも現代人に示している。一方、古来洋の東西に関わらず、奴隷や捕虜には十分な塩を与えず暴動を防いだと言われている。生々しい話だが、適当な量の塩が人間の生命維持にとっていかに重要であるかを、物語っていると言えるだろう。

 

話は戻るが、白崎さんは「塩だけ料理は、本来体が必要としている塩の量を思い出すのにも、とてもいい訓練なのです。」と結んでいる。もちろんその「塩」というのは、ミネラルを豊富に含んだ「自然塩」を指していることは、言うまでもない。人間の身体も、大いなる自然の一部であることを、心に留めておきたい。

 

 

文中の「五味」は、陰陽五行の中の「五味」ではなく、味蕾から味覚神経を伝って脳で認識できる「五基本味」(五原味)を指している。