懐かしい未来「気の日本人」①

数年前の秋、お世話になっていたお琴の先生の演奏会に招かれ、思いもよらぬ経験をしました。ちょうど前橋祭りの日で、秋風が吹くこの季節になると、その時の強烈な印象が鮮やかに思い出されます。先生のお名前は、川端光永先生。孫弟子を含めると数百人にもなるという群馬筝曲会の大御所で、2年に1度伊勢神宮で奉納の演奏をされていたようなご立派な経歴の方です。

 

私にとっての忘れ難い経験は、先生のお弟子さん数十名が壇上に上がり、確か京都の古いお寺の伽藍を題材にしたような、前衛的な曲目の演奏を始めた直後に起こりました。突然壇上から風圧のような、強い力を受けたのです。それはいわゆる情緒的な感覚ではなく、物理的なエネルギーとしての力でした。

 

 しばらくして先生のご自宅を訪ねた時に演奏会での経験をお話しすると、先生は事も無げに、こうおっしゃいました。「それは当たり前のことなのよ。だってお琴には指揮者がいないでしょ。だから数十人が気を合わせで演奏を始めるしかないのよ」と。私が感じた風圧のような力は、数十人のお弟子さんが、互いの気を感じ取り、気合わせをしたその瞬間の、言わば「気の集合体」から受けた力だったわけです。

 

彼女がかつて、お弟子さんと共に欧米で演奏旅行をされた時、どこへ行ってもスタンディングオーベーションが起こるほど、人々は感動してくれたのだそうです。オーケストラの演奏に親しむ欧米の人々の驚きと感動は、演奏の美しさや和服の美しさもさることながら、指揮者なしで、一糸乱れぬ演奏をやってのける日本人の気の力の不思議さだったのでしょうか。古来日本人が持っていた、互いの想いを感じ取る「以心伝心」の力は、私たちの未来にとっても大切なパワーなのかもしれませんね。

 

 写真は1989年に県立盲学校で撮影された川端光永先生